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オリンピックとツイッター

2013.09.09(Mon)

『思うこと』 Comment(4)Trackback(0)
 2020年のオリンピックの開催地が東京に決まった。ニュースを見てもほとんどはこのことについてだ。僕も一国民として喜ぶべきなのだろう。しかし、個人的にはオリンピックが東京で開かれようが、イスタンブールで開かれようが、アンドロメダ銀河で開かれようがどうでもよいことなのである。それよりも僕の興味から言えば、甲子園の真紅の優勝旗が白河の関を越えることの方が大事なのだ(今年はベスト4に東北勢は二校も入ったが、あと一歩及ばなかった)。

 オリンピックだとかワールドカップとなると嫌でも興味を持って自国のチームを応援するようにしないといけないような空気が蔓延するが、僕はこうした空気を感じるとつい反抗心からあえて空気を読まないようにしてしまう(まあもともと空気が読めないのだけれども)。
 今回の件でも、オリンピック開催が東京に決定→国民として祝賀すべき、という図式が完成している。べつに僕は左翼でもなんでもないのだが、こうした図式に当てはまらない人間を目の敵にするような風潮はいかがなものかと思う。そもそも我々の足元を顧みれば、そんなに喜んでいる暇はないのではないか。いや、足元が暗いからこそこうしたニュースを見て日常を忘れたいのかもしれないが。

 人間にはどうも流行に乗せられやすい側面があるようだ。別にこれは明るい方面に関してだけでなく、暗い方面に関しても同様である。例えば、リーマン・ショック以降の不景気で「派遣切り」や「ネットカフェ難民」などが話題になったが、震災以降は下火になった。そしてその震災のことでさえその直後に比べれば、下火になりつつある。七年後、おそらく日本は東京オリンピックで沸き立つだろうが、一体その時真剣にあの震災のことを考えている人は何人いるのかと不安になる。

 今、ツイッターで迷惑行為をしている画像を掲載することが問題になっているが、これも「空気」や「流行」をキーワードに読み解くことができると思う。すなわち、ツイッターにこうした画像を載せる人々には特に明確な動機があるわけではなく、「周りがやっているから自分もしてみた」という程度のことなのだろう。そして世の人々もこれに火をつけたように反応するので(まさしく「炎上」だ)、迷惑行為をしている側はますますそれを面白いと勘違いするのだと思う。もし自分で何か面白いことをしようと本気で考えるひとはこうしたことはしないだろう。なぜならそれは他人の真似であり、流行に乗っかっただけであり、空気を読むなどという甚だ面白くない行為だからである。

 思うに、流行や空気にどっぷり浸かっていると自分で物事をじっくり考える能力が衰えていく。思考停止に陥るわけである。エリック・ホッファーは次のように言っている。

 「なんどもなんども驚かされるものだが、この国では一つの経験がまたたくまに味わいつくされてしまう。新しい流行やはやりや態度が、きわめて奔放に頂上に押し上げられ、いったん頂上に達するところがり落ちてゴミ箱に捨てられてしまう。馬鹿馬鹿しい。」(『波止場日記』、59頁)

 ホッファーのいう「この国」とはアメリカのことだが、どうやら日本も同じようである。
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コメント
高校のときに教科書で読んだ、鷲田清一さんの「モードの論理」という評論を思い出しました。(=゚ω゚)

今回五輪開催が決まるに際して"放射能は絶対に心配ない"的なことを総理がプレゼンの中で言っていたことには僕も苦笑いでした。これが「言っちゃったからには…」って感じで、眼前の一番の問題に集中して取り組むことへの口火を切ったものになるならいいんですけど。( ̄▽ ̄)どうなることやら
TNB10 2013.09.10 17:21 編集
 TNB10さん、度々コメントありがとうございます。

 鷲田清一さんですか。僕も高校の時、現代文の教科書にあった写真でその顔は見たような気がします。ただ、残念ながら、肝心の文章は読まずじまいでした。鷲田さんの『「待つ」ということ』という本が気になるので読んでみたいと思っています。

 TNB10さんのいう通り、今回は原発に関する安全性アピールが効を奏したものの、それが単なる「アピール」だけで終わってしまわないことを期待したいですね。
 世の中のビックニュースに一喜一憂する人がいる一方で、日々の生活で苦労し、そんなことすら考える余裕のない人もいるということに気づいてほしいです。
マンボウ 2013.09.13 22:34 編集
>>オリンピックだとかワールドカップとなると嫌でも興味を持って自国のチームを応援するようにしないといけないような空気が蔓延する

ほんと、意味わからないですね。
サッカーだと前はよく、日本人でも外国の応援してる人がいて、面白かったけど。

いまの時代、オリジナルな面白いことを見つけるのは難しい。
何をやっても模倣になってしまう。
流行りに乗るのは悪いことじゃないと思います。
だけど、みんながみんなそうじゃない、ってことを忘れちゃだめですね。

ピピネラ 2013.10.15 11:52 編集
ピピネラさん、コメントありがとうございます。返信遅れまして申し訳ありません。

現代は様々な情報が飛び交っていますから、「何をやっても模倣になってしまう」ということはまさしくその通りだと思います。どれだけ自分一人で深く考えたことであっても、他の人々の思想なり作品なりに接した時「あ、これ自分の考えてたことと同じ(似てる)じゃん!」という瞬間は誰にでもあると思います。

けれども、自分の考えたことなんてどこかの誰かが考えたことがあるかもしれないと自覚していると、物の見方や行動にある種の謙虚さが生まれると思うのです。こうした謙虚さは、もっと自分の考えを深めるために必要になると思います。しかし、謙虚さがなく、自分の考えや行動が模倣に過ぎないという自覚を欠いている人は、自分のオリジナリティを深める契機がないので、いよいよ単なる模倣に近づくのではないでしょうか。

たとえば同じ流行に乗ったとしても「これは一時の間だけのもので、もしかしたら自分は他人の真似をしているに過ぎないかもしれない」という自覚を持っている人と、そうでない人の間には大きな落差があるかと思います。謙虚さと「みんながみんなそうじゃない」という寛容さを持ち合わせるのなら、流行に乗ることは私たちの心を潤わせてくれるのではないかと思います。
マンボウ 2013.10.21 22:52 編集
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マンボウ

Author:マンボウ
25歳/男/大卒
民間で2年働いた後、1年半ほどバイトしながら勉強し公務員となる。
趣味は読書。

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