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一人の学生として

2013.03.31(Sun)

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 どうも。コールセンターでのバイトも終え、内定先の新人研修も無事終了しました。明日からはいよいよ社会人として働くことになります。とはいえ、期待よりも不安の方が大きいというのが本当のところです。きびきびと働いている自分がうまくイメージできません(笑)。勤務先までは車で通いますが(もう二回ほど車を運転して行ってみました)、事故を起こさないように、そして駐車場ではバックでぴったり駐車できるようにしたいものです。

 人間は新しいこと、分からないことに進まなくてはならない時、どうしても不安になります。僕はこういう時にはエリック・ホッファー(1902-83、社会哲学者)の次の言葉を思い出すようにしています。

 「自己欺瞞なくして希望はないが、勇気は理性的で、あるがままにものを見る。希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い。希望に胸を膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが、それをやり遂げるには勇気がいる」 (『エリック・ホッファー自伝』、52頁。)

 目の前の暗闇に一歩一歩進んでいかなくてはならない時には、腹をくくって勇気を持って足を踏み出さないといけない。僕にとっては、やけに明るいポジティブ思考の言葉より、このホッファーの言葉の方が重く心に響きます。
 そして、僕はなんでもかんでも責任ということを意識してしまい、上手くやらねば、我慢しなければと考える傾向があります。もし、そういう自罰的思考でパンクしそうになった時には、大杉栄(1885-1923、無政府主義者)の次の一句を自分に言い聞かせようと思います。

 「できるだけやはり辛抱はしないほうがいいです。辛抱はしても、もうとてもできないと思う以上のことは決して辛抱しちゃいけません。それが堕落の一番悪い原因なんです」 (『大杉栄自叙伝』、217頁。)

 さて、これから社会人となるので一つの区切りとしてブログのタイトルやテンプレなどを変更しました。もう正式な学生ではなくなりますが、学ぶ姿勢が大切なのはこれからの生活でも一緒です。「学生気分が抜けない」とは悪い意味で用いられる言葉です。しかし、僕は絶えず何事にも学ぶ姿勢を持つという意味で、これからも変わらず一人の学生でありたいと思います。
 明日から忙しくなりますが、あまり更新頻度を落とさずにこのブログを続けていきたいと思います。ではまた。

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労働の日々

2013.03.23(Sat)

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 どうも。このごろはずっとコールセンターのバイトをしてました。

 このバイトだけで10万ほど稼ぐことになりますが、その分労働時間が長くなり、あまり休みがありませんでした。最初の頃は仕事を覚えるのでいっぱいいっぱいで、昼休みの間も頭がぼうっとしていました。
 次の三連勤が終わったら、翌日から内定先の研修が始まることになる予定です。

 四月からはずっとこんな感じで、大学の頃のように一日寝て過ごすなどという贅沢はできないのだと思うと寂しい気もします。弱音を吐くようですが、なによりも疲れる(笑)。今のバイトは肉体的にはなんということはないですが、顔も見えぬ人と喋らなくてはならぬというので、一日8時間、精神が張り詰めているわけです。
 とはいえ、新しい発見もありました。バイト帰りの地下鉄で本を開くと、その活字が目に沁みるような新鮮さを持っているのです。どうやら労働は余暇の貴重さを分からせててくれるもののようです。そして労働によるあの疲れは暗く、どんよりとしたもののようですが、その中にはほんのわずかながら、心地よさを感じさせるものも含まれているらしいことも感じました。

 とはいえ、今日もバイトだ。行きたくない!(笑)。ではまた。

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対立を恐れずに

2013.03.02(Sat)

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 どうも。昨日成績発表がありまして、無事卒業が確定しました。四年間で、取らなくてはならない数を40ほど上回る量の単位を取ることができました。よかった、よかった。

 さて、それで3月は少しバイトをすることにしました。明日はその研修があるのです。免許の更新などもあってお金が必要になってきた上に、引越しの必要もなくしばらくすることもないのでちょうど良いかなと思ってます。

 ずいぶん前から、体罰やいじめによる自殺が問題になっています。そこで僕が重要だと思うのは、いじめの被害者が相手から殴られたり、蹴られたりしても、自分を責め続けることです。怒りは人間を動かすエネルギーの一つです。それがうまく外に出てこないと、内側にくすぶり続け、自分を蝕んでいくように思われます。しかしどうやら吾々の社会では、怒りを外に出して、誰かと対立することを非常に嫌うようです。もしそんな対立が起こる気配があると、なんとか裏で和解しようとする。なあなあで済まそうとする。
 僕はそういう雰囲気が嫌いです。というのも僕自身にそういう傾向があるようで、後悔することが多いからです。

 殴られ、蹴られても、ただなされるままにしているのは寛容なのでも、謙虚なのでもない。自分の尊厳を打ち壊そうとする人間の前には、決然として立つことが必要だ。それは幼稚な反抗ではなく、健全な自尊心の現れだ。対立がなくては、対話は始まらないし、その必要もない。馴れ合っているだけの集団の間にも、主人と奴隷の間にも対話はない。自分を持った人間の交流はない。

 「価値観を押し付けるな」とよく言われるが、人間同士の交流であれば、多かれ少なかれ価値観の押し付け合いが起こる。そしてそこから、もっと言葉を費やして自分を表現し、相手のことも理解しようとする意志が生まれる。価値観の押し付け合いが悪いのは、それ以上の相互理解に発展しない場合である。それはどちらかが、或いは双方が、言葉によって自分を表現しようとする意志がないからである。こういうことを無視して「価値観を押し付けるな」と言うのは、単なるきれいごとであり、贅言に過ぎない。いじめや体罰も過激な形での価値観の押しつけだ。しかし、それが自分にとって受け入れがたいものであるとき、こちらが声を上げなければ、価値観を披瀝しなければ、自分はそこに存在しないのと同じだ。相手にいいようにされて怒りの感情が渦巻くとき、それを自分に向けるのではなく、相手に向かって素直に表現する時、初めて自分と相手の間に対話が生まれると思う。

 ではまた。

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▼ プロフィール

マンボウ

Author:マンボウ
25歳/男/大卒
民間で2年働いた後、1年半ほどバイトしながら勉強し公務員となる。
趣味は読書。

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