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教養と大学と

2011.10.21(Fri)

『思うこと』 Comment(0)Trackback(0)
どうも。
今日は本来なら二時間講義がある日でした。けれど、一つは前から休講の掲示がでていました。もう一つの講義は昨日掲示が出てたようで、半分ぐらいの人は気付かずに教室まで来ていて、僕もその一人でした。その後本屋にでも行こうとしていたら、サークルの友達に偶然会って喫茶店に行くことに。

そのとき僕は「自分の専門分野だけ勉強することより、教養を身につけるほうが大事だ」というようなことを言った。その理由としては、やはり僕が学んでいるのが歴史だからだと思う。歴史と一口に言っても幅広いわけで、僕はその中でも特に日本の近現代を専攻している。同じ学科の他の人たちも自分が学びたいと思う時代を専攻するので、歴史を学んでいるとはいえ、それはごくごく限られたものだと感じている。そうなるとどんどん専門が独立し、分化していき、その中でしか物事を見られなくなってしまうかもしれない。そうなったら僕が前回書いたような意味でも、社会で「役に立つ」のか疑問になってくる。そうしたスパイラルから抜け出すためにも教養科目(あるいは「概説」とか「概論」と名の付く科目なども)は専門科目よりも重要かもしれない。他の学問の世界の切り取り方と、専門科目における世界の切り取り方がどのように違い、或いは共通するのかを見出すことは歴史が「役に立つ」ための第一段階だと思うし、社会で役立たせるための「予行演習」でさえあるように思う。

その友達は歴史学科では歴史を一貫する歴史観は教えないのか、と尋ねた。確かに、教えられることは教えられる。例えば、生産関係によって歴史を区分する観方などがそうした歴史観であろうが、それは「知識」として教えられるのであって、「知恵」としては教えられてはいない。「知恵」として教えられる歴史観は、やはり個々の専門科目で何となく匂ってくる、特定の時代についてのそれぞれの先生の考え方だろうと思う。今までの歴史を一貫するような歴史観というものは実証的な研究により、相対化されているように思う。だからこそ教養によってさまざまな見方に浸ってみることが重要なんではないかなあ、と考えてみる。専門の一つところの見方以外にも色んな見方があること、そしてそれらにはどちらにも意味があるのだということ、専門の見方との共通点をさがして応用してみること、これらのことができるというだけでも、教養科目は専門科目と同じ位(或いはそれ以上の)輝きをもったものなのではないだろうか、と思う。

もう一つ、その友達にも言った大学という問題について。西洋史の講義のとき、先生が「今では大学教授といっても尊敬されなくなった」とぼやいた事がある。けれど、こんなことは昭和初期から言われ始めていたことらしい。現に、『学生の書』(昭和13年)で、著者の室伏高信は大学教授を次のようにボロクソに言っている。

「彼等は大学のうちにあって、ひとり得意になり、威張りちらし、あたかも一世の学者ででもあるかのやうに鼻うごめかし、古めかしいノオトを勿体らしく読みあげ、催眠剤の役にしか立たないあの退屈な、膨大な、横文字を縦文字に引きなほしたに過ぎない自著を教科書の名によって押し売り、しかもこの「閉ざされた社会」のうちにあって、相互に競争し、策謀し、排濟するのを年中行事とし、そして時の残酷な歩みによって停年の運命に追ひ込まれる。」

竹内洋の著書『大学という病』によれば、昭和初期から大学は、ジャーナリズムの普及や、――「横文字を縦文字に引きなほした」ような――欧米の模倣としての学問が最早不要になったことにより、その存在意義を問われるようになっていたという。現代のような大学の空洞化の兆候は今から7、80年も前に見え隠れしていた。しかしその大学自体に内在する問題は戦争によってそれどころではなくなったために、戦後に引き継がれた。一方戦前においても大学の改革案は出ていた。河合栄治郎は、人文系の学科を統合して社会科学部とすることや、科学概論を設置して人文系の学生にも自然科学に触れさせるようにするなどの改革案を書いている。今でも一考に値する、と竹内は述べているが、その通りだと思う。僕の大学では学科の新設や統廃合が行われているけれども、果たして狭まりすぎた専門分野を突き崩すような改革なのだろうか。先に書いた教養の問題がもし真剣に考えられなていないのなら、竹内の次の言葉は大学院についてのものではあるが、どこか学部に学ぶもの、学ぼうと考えているものにとっても、ズシンとくる言葉だと思う。

「社会人入学や高度専門職業人などをうたい文句にしたところで、そこで生産・伝達される知が干からび、世間ともつながっていないとしたら……。夢だけをあたえ、先行きが寒々としたものであるとしたら……。」


大学という病―東大紛擾と教授群像 (中公叢書)大学という病―東大紛擾と教授群像 (中公叢書)
(2001/10)
竹内 洋

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長文失礼しました。ではまた。
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『despair / hope』感想

2011.10.13(Thu)

『未分類』 Comment(0)Trackback(0)
どうも。最近は大学祭などで忙しかったです。
さて、前回紹介した『despair / hope』の感想を書きます。(ネタバレ注意)

ひきこもりである主人公・ハルカは、ネットの某巨大掲示板で自分の立てたスレが伸びてゆくことに快感を覚えるというほど、ネットとくっついている少女である。

先に物語の批判点だけれど、どうも僕にはネットの一つの側面ばかり詰め込みすぎている感じを覚える。もっといえば、この物語そのものに人びとの興味を引くような極端なものがただゴロゴロ置かれている気がしないわけでもない。「ネットの世界では自由に人と関われる」というようなことをハルカは言う。それは確かにネットに依存している証拠かもしれない。しかし逆に見れば、自分の意見がネットですら言えずにストレスが山積してゆく状態よりはいい。こうしたもっと多面的であるはずのものを切り落として、ステレオタイプな物語を構成しているのは少し残念に思う。更にどこかで見たことのあるような演出形式が多用されているのも、どうかなあ、と思う。

第四話でハルカが、過去の自分らしき女の子と対話するシーン(こんなシーンもどこかで見たことがあるような、ないような…)でこんなことが言われる。そしてこの後、ハルカは暴れて措置入院という形で精神病院へ送られる。

ハルカ「いつも、一人だった…」
女の子「自分がそう望んだんでしょ?」
ハルカ「人と一緒に居るのが、辛いの」
女の子「裏切られるのが、怖いの」
ハルカ「一人でいる時より、誰かと一緒にいるときの方が孤独で、怖い」
女の子「自分だけが遠い所にいるみたい」

一番共感したのはこのシーンだった。僕の考える所では、ハルカの心の中には相反する考え方があって、そのどうどう巡りのストレスに遂に耐え切れなくなったのだと思う。つまり、ある一方では人とうまく関わりたい、認められたいという欲求があるのだが、自分が傷つきはしまいかと思って行動に出ることができない。行動に出れなかった自分を正当化し、心の平静を保とうとして「手の届かないブドウはすっぱい」式に他人を心の内で攻撃したり、或いは積極的に孤独を選び取ったのだ、と考えてみる。しかしそう考えてみてもどこか寂しい感じを拭い去ることができなくて、一人でいることにストレスを感じる。しかしそうかといって人と関わろうとすると、敏感な心がまたストレスを溜め込む。一人であっても、そうでなくともハルカの中ではストレスが雪だるま式に増えていったのだろうと思う。

ハルカは精神病院の中で歌を他の患者と一小節ずつ歌うことで、人と関わることの楽しさに気づく。ハルカはそれを医者から処方された薬によるものだと思い込んでしまう。もっと薬を飲んだら、もっと楽しくなれる――そう思ってハルカはオーバードーズしてしまうわけであるが、僕はハルカが人と関わるのが楽しいと感じたのは、薬のせいでもなんでもなくて、元々そういう欲求があって、それが満たされたからに他ならないと思うのだ。

これだけ精緻に書いてみたのは僕にもハルカの心情と思い当たる節があるからではあるし、そういう意味でこの物語に強く惹かれたのだと思う。物語は精神病院への措置入院、オーバードーズを経て再びネットとつながっていく。今回感想というか、分析のようなものを書くのはこのオーバードーズぐらいまでだけど、まだ物語は完結していないので、また時間があったら書いていきたいと思う。

ではまた。

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「痩せた?」

2011.10.05(Wed)

『思うこと』 Comment(0)Trackback(0)
どうも。

近頃久々に会った人から、「痩せた?」と言われる。今年四月末にあった健康診断では、確か68㎏だったように思う。この前家の体重計に乗ってみたら、61㎏だった。7㎏ぐらいは痩せたはずだ。自分では講義だけでなくバイトや課題が多くなったのと、キャンパスが変わって結構歩くようになったためじゃないかと勝手に思っている。

前期は一時間目に講義がある日が多く、満員電車(といっても東京の電車の混雑よりは幾分ましだろうけど)に乗らなくてはならなかった。後期は前期ほどは一時間目の講義がないので楽ではある。課題と言えば、卒論で使用する文献リストを今日提出したんだけど、先生からはこのまま進めてよいとのことだった。参考文献はなるべく暇を見つけて読むようにしよう。ふと思ったのだけど、三年の今ぐらいから卒論のテーマや使用する文献を決めておくのは早いのだろうか…。まあ、何事も早めに準備しておくにこしたことはないだろうなあ。

ところで、YOU TUBEでこんな動画を見つけました。主人公はひきこもりの女の子。詳しい感想は後日書くとして、結構引き込まれました。この先の展開も心待ちにしている次第です。
despair / hope 第01話


ではまた。

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役に立つ?

2011.10.03(Mon)

『思うこと』 Comment(0)Trackback(0)
どうも。
寒くなりました。家ではついにこたつが登場しました。
もう10月だからなあ…。

就活が身近なものになり、どうしようかとびくびくしてます。
この前ガイダンスで渡された資料を見たところ、わが学科の就職率は6割に満たないという厳しい状態。文学部というのはそういう運命にあるのか…。

以下、書くことは単なる屁理屈かもしれないけれどあしからず。
文学部には社会では役に立たない学問をするところ、というイメージがつきまとう。しかしそれは何をもって「役に立たない」というのかが、往々にして誰も定義していないことに注意しないといけない。たとえば、大学で学んだ専門技術や知識が、就職した企業で仕事をするときに有用になるという意味で直接的に「役に立つ」というのなら、確かに語学などを除けば、文学部の講義、特に僕の専攻する歴史分野の事項などは何ら「役に立たない」のかもしれない。

しかし立ち止まってよくよく考えてみると、たとえどんなに「役に立つ」ような学部・学科に入っても、それが社会や職場ですぐに、極端に言えば大学を卒業したその翌日からでも使える技術や知識が果たしてどれだけあるのか。それに第一、自分の習得した技術や知識を活用できるような職にありつけるという保証はどこにもない。そう考えてみると「役に立つ」ということだけを眼中において、大学で学ぶというのは案外危険なことのように思う。

役に立つということを、個別具体的な知識や技術が直接的に社会での有益なツールになるという意味で捉えるのではなくて、普遍抽象的な知恵が間接的に社会で活かされるという意味で捉えてみると、以外と文学部の講義も役に立つように思われる。この前の近世の北方史の講義で先生がこんなことを言っていた。「1192年に源頼朝が鎌倉幕府を開いた、なんてことはいくら溜め込んでいても役に立ちません。自分が今の社会をどう捉えているかという意識と歴史が結ばれなくては、歴史の教科書に書いてあることをなぞっているだけで、高校までの歴史の勉強と変らない」。個別具体的な事柄が社会で役に立たないということはこの言葉で十分明らかなように思う。過去の出来事を眺める時、それを眺めている自分自身はどのような状況にあるのか、どのような制約の下にあるのかということを考える。また、過去のある出来事と別の出来事に意外な共通点を見出すこともあるかもしれない。こうして考えてみると、歴史を学ぶ時にはいろいろな「知恵」が出てくるのではないかと思う。

どのような学科でも「知恵」は見つかると思うけれど、文学部の講義は「役に立たない」がゆえに、そういった「知恵」を見つけられやすいように思う。そもそも「役に立つ」という言い方が、ある物事がそれだけで役に立つと我々に思い込ませる。「役立たしめる」といった方が適切なんじゃないかとも思う。個別具体的な事柄は役に立たないといったけれど、適切に言えば、個別具体的な事柄はそれだけでは役に立たない。逆にいえば、どんなことでも役立たしめようとすれば役に立たないことはない、と感じる。

ながながと文学部に所属するが故の愚痴のようなものを失礼しました。ではまた。

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▼ プロフィール

マンボウ

Author:マンボウ
25歳/男/大卒
民間で2年働いた後、1年半ほどバイトしながら勉強し公務員となる。
趣味は読書。

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